ニジマス

【分類 サケ科タイヘイヨウサケ属】
ニジマス (虹鱒、学名:Oncorhynchus mykiss、英名:Rainbow trout)は、サケ目サケ科に属する淡水魚。原産地は、太平洋東岸(アラスカ、カナダ、アメリカ)とカムチャツカ半島からの外来種である。食用魚であり、釣りの対象にもなる。
体全体にはっきりした黒点があり、エラから尾びれにかけての体側部に赤から赤紫色の模様があるのが特徴。繁殖期のオスに現れる婚姻色として、非常に見事な虹色の光沢が発色し、それが名の由来ともなっている。仏語ではトリュイット・アルカンシエル (truite arc-en-ciel)。

原産地と生息地

原産地は、太平洋東岸(アラスカ、カナダ、アメリカ)とカムチャツカ半島。日本へは1877年に北アメリカから移入され、これ以後、各地の渓流や湧水地帯で養殖、放流が盛んに行われた。その個体の一部が、北海道知床半島などの一部地域で自然状態で定着した外来種となっているが、多くの河川では放流しても定着しにくい魚という評価が一般的である。そのため、実際に河川で見つかるニジマスの大半は放流個体であることが多い。定着しない理由として日本の河川環境、在来魚種との関係などがあげられているがはっきりとしたことはわかっていない。

放流による影響

日本以外にも世界中へ移入されており、生態系に深刻な影響を与えている地域も多い。日本では、現在は特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律において要注意種に指定されている。在来魚種への影響として知床半島の幾つかの河川では、ニジマスの進入により在来種のオショロコマの生息が確認できなくなっているほか、良留石川では残留型サクラマス(ヤマメ)を駆逐し優占種となっている。

ニジマスの生態

全長は約40センチメートル程度が一般的だが、大きいものは60センチメートルから1メートルにまで成長することもある。基本的には、一生を淡水で過ごす河川残留型の魚であるが降海する個体もいる。夏でも水温が摂氏12度以下の冷たい水、特に流れが速く、酸素を多く含む川に生息する。冷水の湖などにも生息するが、サケ科としては比較的高温の22℃程度の水温でも生息可能である。熱帯地域にも移入されたが、これは標高1200メートル以上の高地である。肉食性で、水生昆虫や貝類、甲殻類、他の魚の卵や小魚などを食べる。
繁殖時期については、秋から冬にかけて繁殖行動を行なう集団・個体と、春から初夏にかけて繁殖行動を行なう集団・個体に分かれている。生まれてから2–4年目の間に成熟する例が多く、他のサケ属の魚(シロザケなど)とは違い、成熟後は1回の繁殖行動では死なず、数年にわたって繁殖行動を行なう。
一方、ニジマスは海水適応が可能な種として知られている。なかには汽水域や海に下る個体もいて、他のサケ類のように海を回遊し、河川への遡上を行う。降海型の個体は、特に大きく成長しやすく、全長1.2メートル、体重25キログラム程度の記録もある。頭部上面が黒っぽくなる事から、日本ではテツ、英語ではスチールヘッド (Steelhead) などと呼ばれる。この個体が産地周辺の川を遡上することがある。テツは知床半島周辺の海で捕獲(漁獲)される場合があるが、回遊範囲など海洋での生態は十分に解明されていない。

近縁種

ニジマスの近縁種としては、同じく北米大陸の西海岸(太平洋岸)の河川、湖沼に生息し、河川残留型(陸封型)と降海型があるカットスロートトラウト (Cutthroat Trout, Oncorhynchus clarki clarki)や、アメリカ合衆国のシエラネヴァダ山脈やロッキー山脈周辺の河川の最上流域や山上湖に生息するゴールデントラウト (Golden Trout, Oncorhynchus aguabonita) などが知られている。ゴールデントラウトは、滝などの地質構造の変化と氷河によって氷河期に河川の下流域から隔離され、河川の最上流域に陸封された完全な淡水型のマスである。

日本への移入

日本での歴史は関沢明清により1877年(明治10年)にアメリカ合衆国から移入されたのが最初とされている。北海道へは、食料増産を目的とした1926年の水産増殖奨励規則公布を契機として摩周湖などに放流され、日本各地には公的機関が主導する養殖事業により広まった。

ニジマスの養殖

養殖し成長させた成魚から採卵・孵化させた稚魚を生産する完全養殖が、淡水で行われる。海面養殖されたニジマスは、サーモントラウト、トラウトサーモンとも呼ばれる。
1943年(昭和18年)には500トンの生産が記録されている。戦後は山形県、長野県、静岡県などで多く養殖され、1953年以降本格的にアメリカやカナダにも輸出され1971年に3,084トンまで増加した。しかし、1973年の為替変動により輸出主導から国内向けに転換し1982年に過去最高の18,200トン余りを記録したが、2004年8,800トン余りまで減少している。
受精卵は10℃で30日程度で孵化し、孵化から60日程度を経過したら餌付けを開始する。孵化から4ヶ月を経過すると3g程度まで成長する。食用魚の養殖は食味や生産性を考慮したものが必要で養殖適水温は13~18℃が望ましく、溶存酸素量は生育に大きな影響を与えるため、曝気用に水車を設置する場合が多い。水温が高いほど成長は早くなるが感染症の危険も高くなる。日本で最も多く需要のある大きさの23cm程度まで育てるには、孵化後1~2年が必要。冷凍輸出用や採卵用、遊漁用として、30~60cm以上まで育てられる場合もある。
2006年現在では静岡県が生産量として最も多く、続いて長野県、山梨県の順に生産量が多い。静岡県では富士宮市が、市町村単位では日本一のニジマス生産量を誇っている。富士山の麓に位置し、養殖に必要な湧水が非常に豊富なことが養殖を可能にしている。また、長野県では安曇野市(旧・明科町が日本初の養殖地)などで、山梨県では富士吉田市などで生産量が多いが、これらも北アルプスや富士山からの湧水が豊富な地域である。
現在市販されるニジマス用配合飼料は、白身魚(スケトウダラ)を主とする動物性タンパク質を約55%、小麦粉などの穀類や糟糖類を約35%、ビタミンやミネラルが添加され蛋白質量は43%以上という物が主流で、給餌直前に油を添加する。飼料の粒の大きさは成長度合いに合わせ複数有り、適切な大きさの物を選択し与える。後述の赤系色素を配合した餌を与えることで、サケに似た薄紅色の身をもつニジマスが成長する。

交雑種など

有用食用魚としての養殖研究の歴史が長い。他のサケ・マス類との交雑種が研究され、食味向上や高成長率、耐病性向上により養殖効率をあげるための研究がされ、一部は商品化され流通している。
その手法は、1.変異個体の系統選別育種、2.異種交配、3.染色体操作[4]などである。これらの方法は、サクラマス養殖などにも応用されている。
系統選別育種は、一定の特徴を持った個体を選別し系代飼育することで系統固定する手法である。現在の異種交配は、不妊化により養殖魚が場外流出し在来魚種に与える影響を軽減する目的で、ホルモン処理による全メス化と後述の倍数体個体との交配を併用する方法がとられている。ニジマスにおける染色体操作とは、受精初期の未分化卵を通常の自然界ではあり得ない圧力や温度環境下(例:26℃20分間)に受精卵を置くことで、減数分裂を抑制し倍数体個体を作出する方法である。これらの技法により不妊化魚(生殖能力がない事から生殖の為のエネルギー消費がなく短期間で大きく成長する)三倍体個体の作出や採卵後の性転換技術がニジマスだけでなく、ヤマメ、イワナ等でも確立されている。三倍体雄魚は性成熟するが三倍体雌魚は性成熟しないとされるため、成長が早く年間を通じ食味の変化が少ない。また、作出された種や系統は登録商標として登録されている場合が多い。

実際の作出例は、

選抜種(変異種を選抜して品種として固定)

・突然変異:(メラニン色素欠如) 通称:アルビノニジマス
1956年長野県で初めて発見された。体色が黄色近似に変化。優性遺伝の為、アルビノの親からはアルビノの子が育つ。ペットショップや観賞魚店(熱帯魚店)などでも販売されている。養殖場では成長度合いを簡単に調べるための標識魚として利用される。
・突然変異:(無斑) 通称:ホウライマス
1965年、愛知県水産試験場鳳来養魚場で発見された斑紋の無い突然変異のニジマスを選択交配し、品種として固定した系統。名前は水産試験場の名称(地名)「鳳来(ほうらい)」に由来する。
・突然変異:(体色異常) 通称:コバルトマス または、コバルトニジマス
脳下垂体中葉の異常により体色がコバルトブルーに変化。劣性遺伝の為、繁殖せず病気にかかりやすい。
・系統選別育種(大型ニジマス) 通称:ドナルドソン
ワシントン大学名誉教授ドナルドソン博士が、降海型のスチールヘッドと大型のニジマス選抜個体を交配し、30年以上をかけた品種改良の結果得られた系統。1m以上に育つ。「ドナルドソントラウト」、「ドナルドソンニジマス」とも呼ばれる。管理釣り場での人気が高い。
スーパーで見かける「サーモントラウト」「トラウトサーモン」「トラウト」などは、「ドナルドソン」が、カナダ・チリ・ノルウェーなどで生産されたものを指すことが多い。
青森県むつ市大畑町では2年間淡水飼育し成長がよいメスを海水で8ヶ月飼育したものを出荷している。流通名:海峡サーモン
・系統選別育種 流通名:ギンヒカリ
群馬県水産試験場により選抜。通常2年で成熟するニジマスの中から3年で成熟する系統を選抜育種・固定化した系統。肉質の低下が少ない。

交雑種

・ホウライマス♀とイワナ♂或いはアマゴ・ヤマメ♂を交配した三倍体 流通名:絹姫サーモン
愛知県水産試験場により作出、父系にアマゴをもつ略称ニジアマと、父系にイワナをもつ略称ニジイワの2つのタイプがあるが、主に、ニジアマと呼ばれている種が流通している。
・ニジマス四倍体♀とブラウントラウト偽♂を交配した三倍体 流通名:信州サーモン
長野県水産試験場により作出、ニジマスとブラウントラウト両者の良いところを受け継いだ一代雑種(F1)で繁殖力はない。この魚は、食用のみ使用できる。そのため、釣り場への放流は禁止である。活魚での県外流通も禁止。
・ニジマス♀とアメマス偽♂を交配した全雌三倍体 流通名:ロックトラウト・ロックサーモン・魚沼美雪マス【商標登録】
新潟県内水面水産試験場により作出。釣り場では、引きが強くファイトがいいため、釣り人からは人気で、メディアで話題になっている魚だが、生産量が少ないため、関東の釣り場では、よく見かけるが、その他の地域の釣り場にはあまり放流されていないようだ。また、味も美味なので食用としても人気。

倍数体

・倍数体 ニジマスの全雌三倍体(全雌:すべて雌)
流通名:銀河サーモン(北海道)、クイーントラウト(新潟県)、笹川マス(新潟県)、ヤシオマス(栃木県)、アルプスサーモン(長野県)

食材としてのニジマス

年間を通じ入手することが出来るが、春先から夏に店頭に出回ることが多い。100–140グラム程(20-23cm程度)のサイズは、白身で塩焼きやムニエル、甘露煮として食べる。カロチノイドの一種である赤系色素のアスタキサンチンと蛋白質が結合したカロテノプロテインを主として構成される外殻を持つエビやカニ等の甲殻類を配合した、魚粉が主体の飼料で2–3年程かけて2–3キログラムほどに育てたものは、薄紅色のサーモンピンクの身になり、刺身や寿司などの生食がメインとなる。飼料にもよるが、輸入物の鮭鱒に比べて脂ののりが薄く、さっぱりとして癖が無いのが特徴となる。通常の輸入鮭鱒と比べても高価な部類に入る上に、生産量が少ない為、一般的に消費者の口に入る機会は少ない。
店頭にてサーモントラウト、トラウトサーモン、トラウト等と表示される切身は、ノルウェー、チリ産の海面養殖されたニジマスである。これらの名前は商品名であり、魚種を示す名前ではない。国産の養殖の大型ニジマスはこれらに比べて、生産量や人件費の関係で比較的高価であり、輸入物のサーモントラウトと比較すると2–3倍の価格であることが多いようである。
また、寄生虫がいる為に、生食が出来ないというのは国内の養殖ニジマスに関しては誤りである。過去20年間に渡り、養殖ニジマス6,306個体を検査した結果、寄生虫は発見されていない。サケ科魚類に寄生しているアニサキスやサナダムシ(日本海裂頭条虫)は鯨を終宿主とし、オキアミやイカ類を中間宿主としている。サケ科魚類にこれらの寄生虫が寄生するのは、寄生虫が宿るアミやイカ類が生息する北極圏付近の遠洋を回遊中のことであるから、国内で養殖する際には寄生されない。(図式はこうである:アミやイカ → 魚 → 鯨)

渓流釣りの入門魚として知られるニジマス

管理釣り場では初心者や子供も手軽に釣りを楽しめる。管理釣り場のニジマスは肥満した個体や30センチ以上の大型のものも多いので竿もパワーのあるもの(安価な万能竿など)を選びたい。浮子(ウキ)を使い、糸も太めでよい。エサ(イクラやブドウ虫など)をつけ、ニジマスの数メートル前に落とす。アタリは明確なことが多い。アタリが来たら竿をあげる。ただし、ハリを飲み込まれることが多いので注意すべきであり、できれば針外しを用意したい。ニジマスは食いつきもよく、引きもなかなかで、味もよい。家族そろってのレジャーに最適である。
河川での釣りは渓流釣りとなる。ウキ釣りではなく、浮子の代わりに毛糸などの目印をつけたミャク釣りで行う。糸も細くし、エサもトビケラ、カワゲラ、ミミズなど河川に生息する虫を使うと良い。釣法はヤマメ・イワナなどに準ずるが、釣り上げるのがやや容易である。そのため、渓流釣り師の間では入門魚として見られ、ヤマメ・イワナなどの前座のような扱いにされることが多い。ただし河川でもやや大型が多いことを考慮したい。
ダム湖や本流(上流域の下流部)には40センチを超える大物もみられる。中でも、50cmを超える大型で肉付きも良く、ダイナミックなファイトをするものは、スーパーレインボーと呼ばれ、釣り人に人気のターゲットとなっている。また、一部の湖ではレイクトローリングによって超大型を狙える。
野生化すると小魚や、水生昆虫、落下した昆虫などへの反応もよくなり、格段に激しいファイトをするのでフライフィッシングやルアーフィッシングで盛んに狙われるゲームフィッシュとなっている。なお、一般にゲームフィッシングでは、基本的に魚を釣り上げても持ち帰らずに逃がすキャッチ&リリースが理念・思想のひとつとなっている。フライパターンなどを探るため、ストマックポンプという専用器具を利用し、魚を殺す事なく腹の内容物を採取し観察することもある。ただしゲームフィッシングにおいても、明らかに魚が生存不能であると判断した場合(デッドリリース)のみ、供養の意味もこめて食すことがある。
毛鉤を使った日本の伝統的なテンカラ釣りも行われており、こちらもヤマメ・イワナなどへの入門魚のような感覚で釣られている。テンカラ釣りは、もともと、漁師が、手返しよく釣るために行われた釣りである。フライフィッシングほどゲームフィッシングというイメージが定着しておらず、日本古来からの伝統芸のような雰囲気を持つが、簡単な服装で行うことができることなどから徐々に注目されてきており、テンカラ釣りの専門誌も多数発行され、普及ぶりはフライフィッシングを凌ぐ勢いである。